グループ38

アルミニウム製錬史の断片

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B6判、上製本、本文408頁、定価2,622円


いま初めて明らかになる歴史秘話

 栄枯盛衰は世の習いとはいえ、あれほどの生産規模を誇り、世界第一級の技術力を持っていた1つの産業が一夜にして崩壊してしまった例はほかにあるだろうか。
 日本のアルミニウム製錬事業に夢を抱き、苦闘し続けて男たちの証言で綴る栄光と挫折の歴史であり、わずか50年の短い寿命で生涯を終えた産業へのアンソロジーでもある。


発刊に寄せて(渡 辺 憲 一)

 日本のアルミニウム製錬史は、誰かによって後世に書き留められるべきと信じていたが、月刊誌『アルトピア』に座談会の形式で、秘話も含め生き生きとした対談が、順を追って掲載され、心から喜んでいた。
 このたび一冊の本に纏められることになって、改めて読み直し、感銘を深めるとともに、これは50年の短い寿命で生涯を終えた産業の歴史であるのみならず、同時にすぐれた記念碑、また先輩から後輩に対する期待であるとも思った。
 世に産業は多いが、日本の国内アルミニウム製錬ほど大規模で成長性に富んだ産業が一夜にして崩壊した例は他に知らない。まさに産業史上、希有の出来事としか言いようがないが、この座談会の出席者は、他にぶっつけることのできない痛恨と口惜しさを秘めながらも、淡々と事実を語っている。今となっては、市場経済下のいわば自然の流れとして、愛着はあるがもはや未練はないと言うべきであろうか。
 国内製錬の歴史は短かったが、いかに多くの男たちが困難なこの新事業に寝食を忘れて没入していったか。一癖も二癖もあるサムライたちがそれぞれの重要な局面で登場し、新しい道を切り拓いていく。アルミニウム製錬に青春を賭けた群像。森矗昶、上島清蔵など数多くの個性的な諸先達、小林一三のような当時の財界の大立者も登場する。
 多彩な人物像と、それらの人々の織りなす波乱万丈の産業の歴史。脱帽せざるを得ない心境で、躍動の足跡を語る先輩の方々の発言を脳裏にとどめようと読んだ。
 同時に、今の世代がこの座談会の発言に接し、自分たちと掛け離れたところで起こった昔の事柄を冷静に眺めるというのではなく、もっと主観的かつダイナミックに、過去のみでなく未来を見つめようとの使命感を持たなければ、製錬に賭けた人々に合わせる顔がないとも思った。
 13回目の座談会で、林健彦さんが「製錬がこれだけ苦労してやってきたことを、圧延の方も忘れないでもらいたい」と発言され、それを受けて中山一郎さんが「製錬の数兆円の投資が一朝にして消えてしまったが、圧延の形で生きている」と、ともども後へ続くものへの期待を語っておられる。
 これに応えることが、この『歴史への証言』を、たんなる感傷でも挽歌でもなく、希望の書とするものであろうと、身の引き締まる思いであった。
 このような意義深い企画をたてられ、座談会に出席して発言された方々、関係された方々へ心からの敬意と御礼を申し上げたい。併せて、ますますの御健康を祈念し、いつまでも暖かく後輩を見守っていただきたいと心から願っている。 (元日本アルミニウム連盟会長/スカイアルミニウム社長)


登場人物38名のプロフィール

 (五十音順)
 阿部和男 大正12年生まれ。昭和20年東京大学冶金学科卒、商工省に入省。38年通産省金属課長、工業技術院、科学技術庁を経て、41年日本軽金属に移る。57年日本伸銅協会専務理事、平成3年国際鉱物資源開発協力協会専務理事、6年退任。

 一方井卓雄 明治44年生まれ。昭和7年横浜高等工業電気化学科卒、昭和肥料(のちの昭和電工)に入社。以降42年間、昭和電工、昭和アルミニウム、スカイアルミニウムの3社に勤務。昭和電工では専務を務める。

 入江義朗 昭和9年生まれ。31年一橋大学経済学部卒、日本軽金属に入社。62年同社常務、63年日本電極社長、平成3年日本フルハーフ社長、現在に至る。

 岩武照彦 明治44年生まれ。昭和9年東京大学法学部卒、同年から34年まで商工省、通産省重工業局長、中小企業庁長官を歴任。34年から47年まで神戸製鋼所に勤務。44年専務。48年から59年まで東京大学文学部大学院に在学。以降在野の研究者として東アジア近現代史を研究、現在に至る。

 小川正巳 大正13年生まれ。昭和22年東京大学冶金学科卒、商工省に入省。39年工業技術院、40年鉱山局金属課長、44年古河電気工業に入社、47年同社日光電気精銅所技師長、50年軽金属製錬会専務理事、53年日本アルミニウム連盟専務理事。平成元年退任。

 小川義男 大正2年生まれ。昭和12年東京大学法学部卒、住友金属工業入社。46年同社副社長、49年住友軽金属工業社長、55年同社会長、61年同社相談役。52年には住軽アルミニウム工業社長を兼任。この間、日本アルミニウム連盟会長。

 加藤秋夫 大正13年生まれ。昭和23年東北大学工学部中退、日刊工業新聞社に入社。編集記者として約10年間、金属・鉱山部門を担当。42年編集局次長、44年工務局長、50年取締役編集局長。現在はフリージャーナリスト。

 川口 勲 明治45年生まれ。昭和11年東京商科大学卒、三井鉱山に入社。43年三井アルミニウム常務、50年同社社長、52年日本アマゾンアルミニウム社長、57年IPAI(国際アルミニウム製錬協会)理事を兼務。60年ブラジル国より南十字星大勲章コマンダドール位を叙勲。

 小金丸武登 明治42年生まれ。昭和10年東北大学化学工学科卒、満鉄本社に入社。同社計画部、中央試験所無機化学課。13年から20年まで満州軽金属研究課長、精製工場長、安東軽金属工場計画主査を歴任。29年から防衛庁の技術研究部門に勤務。53年アクトエンジニアリング会長。

 小松勇五郎 大正9年生まれ。19年東京大学法学部卒、軍需省に入省。48年通産省産業政策局長、49年同省事務次官、51年退官。53年神戸製鋼所に入社、54年同社副社長、58年取締役副会長、59年取締役会長。この間、日本アルミニウム連盟会長を兼務。

 酒井 貢 大正4年生まれ。昭和13年京都大学法学部卒、三井物産に入社。20年住友化学工業に移る。40年住友軽金属工業に入社、常務。50年日本エルミンサッシ専務、52年同社監査役。

 相良 清 大正2年生まれ。昭和10年横浜高等工業電気化学科卒、三菱鉱業に入社。日本アルミニウムに移籍。同社高雄工場及び黒崎工場の建設に従事。17年軽金属統制会に出向。19年日本アルミニウムに戻る。22年同社東京研究所長。28年日本金属を設立、社長。59年代表取締役会長。

 清水 啓 昭和7年生まれ。32年一橋大学商学部卒、日商岩井に入社。35年から41年まで日商オーストラリア、メルボルン事務所に勤務。45年コマルコ・ジャパン設立、代表取締役。平成4年退社、コマルコ・リミテッド、コンサルタント就任。

 下村金一郎 昭和2年生まれ。28年早稲田大学第二商学部卒。26年軽金属製錬会に入る。53年日本アルミニウム連盟業務部長、58年同総務部長、59年から62年まで同理事。

 鈴木斐雄 大正3年生まれ。昭和13年東京商科大学卒、日本化成工業(のち三菱化成工業)に入社。50年三菱化成工業副社長、51年三菱軽金属工業社長、58年退任。平成6年三菱化成顧問を退任。

 鈴木治雄 大正2年生まれ。昭和11年東京大学法学部卒、14年昭和電工に入社。46年同社社長、56年会長、62年名誉会長、現在に至る。この間、経済団体連合会常任理事、IPAI理事、日本化学工業協会会長などの要職を兼任。  

 瀬尾啓次郎 大正9年生まれ。昭和18年東京大学法学部卒、住友化学工業に入社。50年同社取締役、日本アサハンアルミニウム常務、54年同社専務、57年P・T・インドネシア・アサハン・アルミニウム社長、61年日本アサハンアルミニウム相談役、平成元年同社顧問、3年退任。

 高嶋碩夫 大正10年生まれ。昭和22年東京大学法学部卒、住友化学工業に入社。52年同社取締役、55年常務、57年専務、60年住友アルミニウム製錬社長、住友化学工業特別顧問、62年同社常任監査役、平成元年住化不動産社長。

 武内謙二 明治43年生まれ。昭和8年長岡高等工業応用化学科卒、内閣資源局及び企画院を経て終戦まで軍需省に勤務。20年から商工省、通産省に勤務。その間経済安定本部の部員も兼ねる。28年高崎製紙常務、41年日本製紙常務、51年タイヨーパブロ会長、57年退任。

 辻野 坦 大正12年生まれ。昭和22年東京大学法学部卒、三菱化成工業に入社。49年同社軽金属事業部長、51年三菱軽金属工業取締役、54年常務、58年菱化軽金属工業社長、63年三菱化成顧問。この間、IPAI役員理事、日本経営者団体連盟常任理事などの要職を兼任。

 中島福雄 昭和8年生まれ。30年九州工業大学鉱山工学科卒、31年通産省に入省。54年基礎産業局非鉄金属課長、56年日本メタルセンター・ロンドン事務所長、平成元年から5年まで日本アルミニウム連盟専務理事。

 中野荘二 大正4年生まれ。昭和12年京都大学電気工学講習所卒。14年から20年まで朝鮮総督府官房資源課に勤務、主として軽金属と電源開発を担当。23年から平成5年まで東芝関連の事業を自営。

 長野武弘 明治43年生まれ。昭和6年横浜高等工業卒。10年満州国経済部に勤務。22年商工省鉱山局、29年電源開発、40年フライアッシュ、45年同社退職。

 中山一郎 明治40年生まれ。昭和5年東京工業大学窯業科卒。8年同大学応用化学科卒。19年日本軽金属に入社。40年同社副社長、42年社長、50年取締役相談役、54年相談役、現在に至る。この間、軽金属協会会長、軽金属製錬会会長、アルミニウム資源開発社長、軽金属学会会長、日本アルミニウム連盟会長などの要職を兼任。

 根本 茂 大正15年生まれ。昭和23年慶応義塾大学経済学部卒、軽金属協会に入る。39年同協会総務部長、42年理事、53年専務理事を歴任。平成5年常任顧問。この間、軽金属学会理事、同事務局長、同常任顧問、日本マグネシウム協会専務理事などの要職を兼務。

 野口保固 明治38年生まれ。昭和4年東京大学経済学部卒、住友合資会社に入社。22年住友化学工業常務、31年専務、38年住友ベークライト副社長、40年社長、48年会長、52年相談役、現在に至る。

 葉賀七三男 大正11年生まれ。昭和14年長野県立飯田中学校卒。16年商工省鉱山局に入省。以降、商工省及び通産省の主として鉱山局金属課、通産省基礎産業局非鉄金属課に勤務。51年日本鉱業会調査役、平成3年退任、現在に至る。

 長谷川周重 明治40年生まれ。昭和6年東京大学法学部卒、住友合資会社に入社。9年住友化学工業に転勤、38年同社副社長、40年社長、52年会長、60年取締役相談役、平成元年相談役。この間、日本アサハンアルミニウム会長、経済団体連合会副会長、経済同友会終身幹事などの要職を兼任。

 林 健彦 大正7年生まれ。昭和17年京都大学工業化学科卒、昭和電工に入社。51年同社専務、53年昭和軽金属社長、59年昭和アルミニウム会長、62年同社相談役、63年退任。この間、軽金属協会、日本アルミニウム連盟、軽金属学会の会長を歴任。

 藤井清隆 大正2年生まれ。昭和14年東北大学卒、日満アルミニウム・東北振興アルミニウムに入社。17年軽金属統制会・帝国軽金属統制へ出向。21年軽金属協議会、22年軽金属協会、33年日本軽金属を経て、38年金属産業研究所所長。

 藤本利定 大正15年生まれ。昭和35年駒沢大学第二経済学部中退。27年米国極東情報局に勤務。32年ビレンストレーディング総支配人。37年軽金属製錬会に入る。45年アルミニウム資源開発業務部長、53年日本アルミニウム連盟総務部長、59年から62年まで同理事。同参与現在に至る。

 別府 敏 大正5年生まれ。昭和15年東京大学法学部卒、住友金属に入社。47年同社常務、51年住友軽金属工業専務、53年副社長、55年住軽アルミニウム工業社長、58年住友軽金属工業相談役、平成5年同社顧問。

 松尾吉郎 大正7年生まれ。昭和16年京都大学工業化学科卒、旧住友アルミニウム製錬に入社。戦中、住友化学工業に移籍、研究、技術関係に従事。技術部長、各製造所長を経て軽金属事業部長。51年住友アルミニウム製錬、のち副社長。57年辞任。

 松永義正 大正4年生まれ。昭和12年早稲田大学商学部卒、富士川電力に入社。14年合併に伴い日本軽金属に入社。50年社長、58年取締役会長、平成2年名誉会長、現在に至る。この間、日本アルミニウム連盟会長、日本軽金属総合研究所取締役、日本アマゾンアルミニウム会長などの要職を兼務。

 村田 恒 明治43年生まれ。昭和11年東京大学法学部卒、商工省に入省。26年通産省通産政策課長、27年外務省に出向、在ニューヨーク領事。32年通産省石炭局長、39年木下産商専務、48年三井物産代表取締役副社長、53年日本貿易振興会理事長、58年から同顧問、現在に至る。

 村松太郎 大正4年生まれ。昭和14年東京商科大学卒、三井物産に入社。30年から通算15年間、海外勤務。51年同社常務。56年三井アルミニウム専務、59年社長、日本アマゾンアルミニウム社長、64年新・三井アルミニウム、九州三井アルミニウム工業の両社会長、平成5年相談役。

 山本敏郎 大正5年生まれ。昭和13年東京商科大学商学専門部卒、昭和電工に入社、同社大町工場に勤務。30年軽金属営業部、43年同社取締役、46年昭和アルミニウム専務、48年副社長、52年社長、58年退任。

 吉田章三 明治41年生まれ。昭和8年京都大学工業化学科卒、日本電気工業(のちの昭和電工)に入社。17年軽金属統制会に出向。21年昭和電工に復帰、23年軽金属事業本部業務部長、30年本社企画部長、41年日本ポリスチレン工業社長、45年昭和ポリマー社長、48年日本工機社長などを歴任。平成5年2月死去。